千葉県一宮町にある玉前神社(たまさきじんじゃ)を訪れた。
最近、神社に行くと「この神社はどうしてここにあるんだろう」「どんな神様が祀られているんだろう」と、少しずつ気になるようになってきた。
今回の玉前神社も、実際に歩いてみると想像以上に面白かった。
黒漆の社殿。
国歌『君が代』にも登場する「さざれ石」。
そして、裸足で白い玉砂利の上を3周する「はだしの道」。
さらに調べていくと、「御来光の道」「レイライン」という言葉まで出てきた。
一つの神社から、こんなに話が広がるとは思わなかった。

上総国一之宮「玉前神社」
玉前神社があるのは、千葉県長生郡一宮町。
町の名前にもなっている「一宮」。
玉前神社は、かつての上総国一之宮として信仰を集めてきた古社だ。
一之宮とは、その地域の中でも特に格式が高く、重要視された神社のこと。
玉前神社は平安時代の『延喜式神名帳』にも記載されているとされ、長い歴史を持つ神社として知られている。
ただし、創建された年代そのものははっきりしていない。
戦国時代には戦火によって社殿や古い記録などを失ったとされ、現在まで残る資料だけでは、その始まりを正確にたどることが難しいという。
「いつ建てられた神社なのか分からないほど古い」
そう考えると、それだけでも少しロマンを感じる。
黒漆の社殿が印象的
境内を進んでいくと、まず目に入るのが社殿。

第一印象は、
黒い。
神社というと朱色の社殿を思い浮かべることが多かったので、黒漆を基調にした姿がとても印象に残った。
黒の中に金色の装飾と赤い線が入り、派手すぎないのに存在感がある。
階段の下から眺めると、周囲の木々の緑の中に黒い社殿が浮かび上がって見える。
カメラを持って歩くのにも面白い神社だ。
現在の社殿は江戸時代に造営されたもので、長い年月を経ながら今も残されている。
建物そのものを眺めているだけでも、歴史を感じる場所だった。
御祭神は玉依姫命
玉前神社の御祭神は、
玉依姫命(たまよりひめのみこと)
という神様。
玉依姫命は、日本神話にも登場する神様で、子育てや縁結び、子授け、安産などに関わる神として信仰されている。
縁結びというと男女の縁をイメージしがちだけれども、人と人とのつながりなど、もっと広い意味での「縁」と考えると面白い。
こういう話を少し知ってから参拝すると、ただ社殿を眺めて歩くのとは、また違った見え方になってくる。
花でいっぱいの手水舎
境内では手水舎も印象に残った。
龍の口から流れる水。
その下には、黄色や白、赤、ピンクなど色とりどりの花が浮かんでいた。

黒く重厚な社殿とは対照的で、とても華やか。
こういう細かな風景を見つけながら歩くのも、神社巡りの楽しさなのかもしれない。
写真を撮っていると、つい足が止まってしまう。
「君が代」に登場する、さざれ石
境内を歩いていると、苔に覆われた大きな石があった。
さざれ石。
どこかで聞いたことがある。
そう。
国歌『君が代』に登場する、
さざれ石の
巌となりて
苔のむすまで
の、あの「さざれ石」だ。
「さざれ石」は、もともと小さな石という意味。
小さな石が長い年月の中で結びつき、大きな岩のようになったものを指す。
もちろん、玉前神社にあるこの石そのものが『君が代』のモデルになった、という意味ではない。
それでも実物を見ると面白い。
目の前の石には、本当に苔がびっしりと生えている。

「苔のむすまでって、こういうことなのか」
普段は歌詞として聞いていた言葉が、急に目の前の風景になった気がした。
さて、問題はこの石である
そして、玉前神社でどうしても気になった場所があった。
「はだしの道」
白い玉砂利の上を、裸足になって歩く。
しかも、時計回りに3周。
案内には、
一周廻りて無垢となり
二周廻りて気を入れて
三周廻りて気を満たす
とある。
これを見たとき、正直、
やるか迷った。
ただの白い玉砂利。

でも近くで見ると、思っていたより一つ一つの石がしっかりしている。
「これ、裸足で歩くのか……」
しばらく考えた。
でも、ここまで来たんだ。
来たからには挑戦しなければならない。
そう思って、靴を脱いだ。
はだしの道、1周目
靴下まで脱いで、最初の一歩。
痛っ!
想像していたより、かなり痛い。
足つぼマットみたいな感じかなと思っていたけれど、そんな生ぬるいものではなかった。
一歩進むたびに、玉砂利が足の裏に食い込んでくる。
そして、まだ1周目。
「これを3周するのか……」
早くも少し後悔する。
とはいえ、ここでやめたら無垢になる前に終了である。
ゆっくりと歩いて1周目を終えた。
2周目、気よりも足の裏が気になる
続いて2周目。
「二周廻りて気を入れて」
とのこと。
しかし、この時点では、
気よりも足の裏が気になる。
痛くない場所を探して歩こうとするけれど、どこを踏んでも石。
でも、優しいところと激しいところがなんとなくわかってくる。
当たり前である。
玉砂利の道なのだから。
少しでも痛くない場所を探しながら、妙な歩き方で進んでいく。
それでも何とか2周目を終了。
あと1周。
そして3周目
ここまで来たら、もうやるしかない。
最後の3周目。
「三周廻りて気を満たす」
痛い。
やっぱり痛い。
でも人間、不思議なもので、終わりが見えてくると頑張れる。
一歩ずつ進んで、3周達成。
無垢になったのか。
気が入ったのか。
気が満ちたのか。
そこまでは、自分には分からない。
ただ一つ確実に言える。
足の裏には、ものすごく刺激が入った。
でも終わった後には、妙な達成感があった。
やるかどうか迷ったけれど、やってよかった。
旅先では、こういう「ちょっと迷う体験」に挑戦した時の方が、後になってよく覚えているものなのかもしれない。
玉前神社に残る長い歴史
玉前神社の歴史を感じさせるものの一つに、古くから続く祭りがある。
代表的なのが上総十二社祭り。
玉依姫命と、その一族の神々にまつわる祭りとして伝えられ、長い間この地域で受け継がれてきた。
神社の創建年代そのものははっきりしなくても、祭りや信仰が代々受け継がれてきたことを考えると、この土地に玉前神社が深く根付いてきたことが分かる。
神社の歴史は、建物だけではない。
祭りや習慣、人々が守ってきたものも含めて続いているのだと思う。
そして気になった「御来光の道」とレイライン
玉前神社について調べていて、もう一つ気になった言葉があった。
レイライン。
玉前神社では、春分・秋分の日の太陽の動きに関連して、
「御来光の道」
という考え方が紹介されている。
春分と秋分の日、太陽はほぼ真東から昇り、真西へ沈む。
玉前神社から西へそのラインを延ばしていくと、寒川神社、富士山などを経て、さらにその先には出雲大社があるという。
こういう話を聞くと、急に地図を開きたくなる。
もちろん、
「古代の人たちがすべて計算して一直線上に神社を配置した」
とまで言えるものなのかは別の話。
今のところ自分は、
「へぇ、そんな見方があるのか」
くらいで楽しんでいる。
でも、それで十分面白い。
そして、この話を知って一つ思い出した。

そういえば、出雲大社に行ったことがある
以前、自分は出雲大社を訪れたことがある。
ただ、その頃は今ほど神社そのものに興味がなかった。
出雲大社といえば、巨大なしめ縄。
実際に目の前にしたときも、
「すげぇ!」
と思った記憶がある。
ただ、今になって昔の写真を見返してみると、自分が「出雲大社のメイン」だと思っていた巨大なしめ縄は、神楽殿のものだった。
しかも到着した時間が遅かったためか、御本殿や拝殿をじっくり巡った記憶もほとんどない。
玉前神社から西へ続くとされる「御来光の道」。
その先に出雲大社があると知ったら、急にもう一度行きたくなった。
今度は時間をたっぷり取って。
少し歴史を知ってから。
そして、
あの巨大なしめ縄を、もう一度見上げてみたい。
この話は、また別の記事で書こうと思う。
神社を「知ってから歩く」と面白い
以前は神社へ行っても、
「立派だな」
「写真を撮ろう」
くらいで終わってしまうことも多かった。
でも今回の玉前神社では、
御祭神を知り、
歴史を知り、
さざれ石を見て、
裸足で玉砂利の上を3周して、
さらにレイラインという話にまでつながった。
一つ知ると、また別のことが気になってくる。
そして昔訪れた場所まで、もう一度行ってみたくなる。
これが最近、神社巡りを面白いと思い始めた理由なのかもしれない。
玉前神社へ行ったら、ぜひ境内をゆっくり歩いてみてほしい。
そして「はだしの道」を目の前にして、
やるか、やらないか。
少し迷ってみてほしい。
自分は迷った。
そして3周した。
ものすごく痛かった。
でも、いい思い出になった。